先日(平成31年3月21日)稀代の安打製造機であるイチローが、メジャーの開幕シリーズとなる東京ドームで行われたアスレチックス戦の試合後に現役引退を発表した。日本だけではなく米国でも数多くのメディアが大きく報道し、イチローが残した数々の記録が紹介された。

イチローは日本で9年間、米国で19年間、計28年間で数々の記録を打ち立てている。日本では1994年に210本の最多安打記録を達成し、その年から2000年までの間7年連続の首位打者を獲得している。

その実績と本人の強い希望により2001年からはメジャーのマリナーズに移籍した。しかし、当初は日本人野手がメジャーで通用するのかと疑問視する声が多かった。当時のメジャーはパワー全盛時代でイチローは外国選手に比べてあまりにも細く非力に見えた。ところがイチローは開幕戦から一番ライトで先発しその試合で2安打したのを皮切りに、その後もヒットを量産し続け、シーズン242安打を放ち最多安打を獲得した。その他にも首位打者、MVP、新人王、盗塁王、ゴールデングラブ賞等数多くのタイトルを獲得し、鮮烈なメジャーデビューを果たした。

また、2004年には262安打を放ち、84年間破られることのなかったジョージ・シスラーの歴代シーズン最多安打を更新するとともに、2度目の首位打者にも輝いた。2001年から10年間200安打以上を記録し、その間に7度のシーズン最多安打を記録している。さらに、日本で1278安打、米国で3089安打を合計すると4367安打となり、あのピートローズの4256安打を超える安打数となる。その数々の記録は、まさに前人未到、そして今後も更新されることは困難な領域の大記録である。さらにイチローの素晴らしさは打つだけではない、守備や走塁も一級品である。まさに走攻守そろった本当に偉大な選手だ。

これだけの記録を打ち立てることができたのは、イチローの才能だけではなく、野球に対する求道者のような姿勢によるものだと思う。最後の記者会見で「野球を愛すること」を貫けたと語った。それが全ての原点だと思うが、他にも色々な名言を残している。「壁と言うのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁があるときはチャンスだと思っている」「苦しみを背負いながら、毎日小さなことを積み重ねて、記録を達成してきた。苦しいけれど、同時にドキドキ、ワクワクしながら挑戦することが、勝負の世界の醍醐味だ」等々、野球を愛しながらも、苦しみ挑戦し続けた毎日だったのだと思う。引退後はどんな生き方をするのか?今後のイチローの生き様が楽しみである。