毎日異常な猛暑が続いています。やはり地球環境がどこかおかしくなっているようです。
また、ここに来て世界経済も異常をきたしだし、円高も加わりにわかに不透明感がただよい始めました。そんな中、猛暑を忘れさせてくれる心が洗われるような良い話に出会いました。

小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、会話のテンポが少し遅いA君がいた。でも、絵の上手な子だった。
彼は、よく空の絵を描いた。抜けるような色使いには、子供心に驚嘆した。
担任のN先生は算数の時間、解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。私はN先生が大嫌いだった。
クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、N先生は違う学校へ転任することになったので、全校集会で先生のお別れ会をやることになった。生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。先生に一番世話をやかせたのだから、A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。お別れ会で一人立たされ、どもる姿を期待したのだ。

私はA君の言葉を忘れない。
『ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました』

A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。水彩絵の具の使い方を教えてくれたこと。放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。その間おしゃべりする子はいませんでした。N先生がぶるぶる震えながら、嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。

昨日、デパートのポストカードなどに美しい水彩画とA君のサインを発見しました。
N先生は今、僻地の小学校で校長先生をしております。先生は教員が少なく、子供達が家から2時間ほどかけて登校しなければならないような過疎地へ自ら望んで赴任されました。
N先生のお家には、毎年夏にA君から絵が届くそうです。
A君はその後公立中高を経て、美大に進学しました。お別れの会でのN先生の挨拶が思い浮かびます。
『A君の絵は、ユトリロの絵に似ているんですよ。みんなはもしかしたら、見たことないかもしれない。ユトリロっていうフランスの人でね、街や風景をたくさん描いた人なんだけど。空がきれいなんだよ。A君は、その才能の代わりに、他の持ち物がみんなと比べて少ない。だけど、決して取り戻せない物ではないのです。そして、A君はそれを一生懸命自分のものにしようとしています。これは、簡単なことじゃありません!』

A君は、空を描いた絵を送るそうです。
その空はN先生が作り方を教えた美しいエメラルドグリーンだそうです。

=『涙が出るほどいい話』より=